カテゴリー: フィンランド文化研究所

夏の終わり…

このような部屋がある建物がいくつかあり、食事をしたり、コーヒーとお菓子を楽しんだりしました。

フィンランドは夏の終わりを迎えています。
昨日は、EläkeliitoのOulu地区の会合がありました。朝方降っていた雨もやみ、秋を感じるさわやかな1日でした。

この衣装はOuluのkansanpukuだそうです。kansalispukuではないという説明を受けたのですが、あまり違いはよくわかりません。
この場所は、川の水面に浮いていて、そこにいる人が動くたびに揺れて足元に水が上がってきます。私はこういう不安定な場所はとても苦手なので、早々に退散しました。

 

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遅ればせながら、新しい家族”ルン子”を紹介します!

ブログを書いていなかったこの半年の間に、いろんなことがありました。
中でも、一番のニュースは新しい家族”ルン子”が我が家の一員に加わったことです。
前に飼っていたマルチ―スのルンが死んで1年半余り… もう犬は飼うことはないと思っていたのですが、なぜか夫も私もまた犬が飼いたいなぁという気持ちが今年になってから急に膨らんできてしまいました。
フィンランドはとても犬が高いです。生まれて間もない子犬でなくても、血統書のない雑種でも、高いのです。保護犬(滅多にいませんが)でさえ、300€するんですから。

そしていろいろ探して、いろいろ悩んで、で、結局この犬が4月10日に我が家にやってきました。
雑種(イングリッシュ・グレイハウンドの血が入っているようです)、メス、この7月5日に1歳になったばかりです。
ちょっと臆病で繊細で、走るのがとっても速く、走っている姿はとてもかっこいいです。
最近やっとお座りとお手が出来るようになりました。

我が家に来たばかりの頃の写真です。 今はもうひと回り大きくなっています。
カテゴリー: フィンランドの日常

蚊とアブを撃退 自作”疑似トンボ”

フィンランドはもうすぐ夏が終わり、秋になります。
今年は、6月まで雪が残っていて吹雪の日もありました。ようやく雪が消えても、なかなか気温が上がらずここ数日、やっと20度を超える夏らしい日がやってきたところです。
でも8月半ばには、長ーい夏休みも終わり秋がやってきます。そもそもフィンランドの夏は短いのですが、今年はその中でも特に短い夏で終わりそうです。
ただ、蚊とアブだけはいつもの年と同じように、大群が発生しているのですから、困ったものです。
フィンランドのような寒い国には蚊はあまりいないと思っている方がほとんどだと思うのですが、
フィンランドの蚊の多さは半端じゃありません。しかも北に行くほど多いそうな…
息をしたら、口の中にまで入ってくるのですから、たまりません。
ここKuivaniemiは、かなり北部に位置している上に、森の中。小さな湖もあちこちに点在しています。
お向かいの人は、二酸化炭素を発生させて蚊を寄せ、その集まった蚊を吸い込むという装置を持っていて見せてもらったことがあります。10万円以上だったとか…

私が草刈りをする時や、夫の森仕事の時はアミ付きの帽子をかぶり、ナイロンパーカーの上下を着て完全防備で立ち向かうのですが、散歩のときはそんな格好もできないので、虫除けのローションを塗って、あとはうちわでバタバタと追い払うくらいでした。
今年はスマホの虫よけアプリを使ってみたり、虫よけリングを足や手首につけたり、いろいろ試したのですが、効き目はイマイチでした。
そして、何かいい方法はないかとネットで探していたら、「new Wish FIELD」というブログの中に、「黄色と黒のロープで蚊の天敵のオニヤンマに似せたものを作って軒や、帽子にぶら下げる」という記事があるのを見つけました。

トンボは蚊だけではなくアブにとっても天敵なのだそうです。そういえば散歩している時もトンボが飛んでくると、蚊やアブはいなくなります。この近くで見かけるトンボは、結構地味な色のトンボばかりなので、それらしく見えるように空き箱と半透明のポリ袋でこんなトンボを作ってみました。
これに3~40cmの釣り糸を結び付け、それを棒の先にぶら下げてスイ―スイーッと揺らすと面白いように、蚊とアブが逃げていきます。
軽すぎると安定感がなくなるので重しをつけたり、ポリ袋もそのままだとくしゃくしゃになってしまうので、セロテープを張り付けたり、ぶら下げる糸も、木綿糸ではねじれてうまくいきません…
いろいろ改良を加えて写真のようなトンボになりました。

日本は、これからが夏の盛りです。蚊に困っている方は、一度お試しあれ。

 

カテゴリー: テレビドラマから思うこと, フィンランド文化研究所, 男女平等の意識

労働の対価が支払われない、あいまいな社会

最近のテレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の中で、主人公のみくりが「労働の対価」について言っていたことに興味をひかれたので、「人の善意や愛情につけ込む『搾取』について」考えてみることにします。

この種のドラマではあまり扱われることのない『労働の対価』。
私は「夫婦、親子、友達… どんな関係においても労働の対価は支払われるべきもの」と思っています。

          妻の労働対価について

アンペイドワーク(=無償労働)は、主に領域的には育児・介護・家事等の家事労働、ボランティア、農作業・自営業等の家族労働に多く見られ、市場経済の外で行われる人間の生命維持・再生産にかかわる自給自足性の強いもの。その多くが女性によって担われていることから男女間のさまざまな不平等を引き起こしている。(日本女性学習財団 用語解説より)

妻の労働は「ただ(無料)」と相場が決まっている。
かと言ってボランティアでもない。
ボランティアなら、まず、とてもいいことをしている気分になれるし、相手にはありがたがってもらえるし、きちんとお礼の言葉を受け取れる。それに、いつやってもやらなくても本人の自由で、やらなくても誰にも文句は言われない。
妻の労働はそれとは全く違う。
夫も、子供も、夫の両親も、妻が、母が、嫁が家族のために働くのは当たり前で、それがありがたいことだとは誰も思わない。
普通は人をただで働かせることはできない。今騒がれているブラック企業でさえ、給料は支払っている。

          女は奴隷

一家の稼ぎ手が夫で、妻が賃金労働をしていない(いわゆる専業主婦)の場合、この夫は家政婦兼、娼婦兼、ベビーシッター兼、介護師を、無料で雇ったという感覚でいる。
「嫁(こういう男に限って妻とは言わず嫁と言う※1)は、家事一切をするのが当たり前で、子育てをするのも当たり前、夫のSEXの相手をするのも当たり前で、夫の親の介護をするのも当たり前。食わせてやっているのだから」
これが男の言い分だ。

では、この不景気な世の中で、夫だけの収入ではやりくりできない場合はどうか。
妻はパートタイムで働きに出て、家計の不足分を埋める。それでも前述した妻の役割は何も減らない。妻が働きに出ることによって、何かのしわ寄せ(例えば、食事の時間が遅れたり、掃除が行き届かなかったり、etc.)が出ると、
「そんな仕事辞めてしまえ!」と偉そうに怒り出す。

妻がフルタイムの仕事をしていたとしても、家での労働量はわずかに減るかもしれないが、相変わらず家事、育児、介護の責任は妻の肩にのしかかり、夫はどこまで行っても「手伝ってやっている」という立場を崩さないので、妻の過重労働による疲労はどんどん蓄積されていく。
また、フルタイムで働いていれば、当然家事育児にかける時間は減ることになるのだが、そのことによる「罪悪感」まで背負わされる。

このように妻の現状を書き出してみると、なんと不平等な、まるで奴隷ではないかと思ってしまう内容だが、これが日本の常識なのだ。
「常識」になってしまうと、この中の不平等に誰も気づかない。

※11947年(昭和22年)に改正された民法と戸籍法、および全ての法律において、廃止された家制度に基づく下記の概念・言葉・法的地位・法的行為も廃止され存在しない。
嫁、婿、舅、姑、義父、義母、義祖父、義祖母、義兄、義弟、義姉、義妹、実家、婚家、本家、分家、家長、家戸籍、嫁ぐ、嫁になる、嫁入り、嫁にやる、嫁にだす、嫁をもらう、婿入り、婿になる、婿にやる、婿にだす、婚家の籍に入る

 

          対等な夫婦関係

「逃げ恥」の中では津崎が雇用主となり、森山みくりは従業員として家事代行の雇用契約を結ぶ。この場合、みくりの報酬は25歳の一般の時間給を計算した上の雇用条件だった。確かに働いた時間分の対価が支払われているのだから、この条件を夫婦になっても維持すれば、それは対等であるかのように見える。
しかし、現在の日本の社会において女性の賃金は男性の8割である。同じ職種、同じ地位、同じ労働時間であったとしても、男性より2割減なのである。
ドラマの中でも、津崎はフルタイムの家事代行サービスに給料を払えるだけの収入があるのに対し、片や、みくりは歯の治療代も工面できず、さらにアルバイトをしなければならないことになる。(もちろんこの場合の職種は違う。しかし、労働時間は同じである)
このように、たとえ妻の家事労働に報酬を支払ったとしても、男女間で賃金格差がある前提では、夫婦の対等関係が成り立つはずがない。
では、夫婦は、どのような経済体制を作れば対等になれるのか。

          私と夫の場合

一般的な常識に流されて行動するのではなく、わずかにでも違和感を感じたら、それを解消するために私たちは話し合って、新しい行動パターンを構築してきた。
私たちは経済を共にして22年余りが経過する。夫だけが働いた時もあれば、私だけが働いたこともある。また二人で同じ仕事に携わった時期もある。
どのような状況下においても、とにかく収入はすべて一度テーブルの上にのせ、そこから必要経費(食費、光熱費、住居費など)、私と夫の同額の小遣いを差し引き、残りは貯金。という形態をとってきた。

家事労働については、「自分のことは自分でする」を一番重視している。だが、どちらかが相手の分も一緒にやった方が効率的な場合、例えば洗濯や食事の後片付けなどは、「その時、手の空いている者がする」または、「それを得意とする者がする」。
食事はもちろん一緒には食べるが、お互いの好みが違うこともあり、別々のメニューの場合も多々ある。自分の食べたいものを自分で作るというのは、最も合理的な手段だと言える。
このパターンに行き着くまでに紆余曲折はあったが、お互いを尊重する素晴らしい方法だと自負している。

          フィンランドでは

では、男女平等世界ランキングでいつもベスト3に入っているフィンランドではどのように、家庭経済が成り立っているのか。
まずほとんどの女性がフルタイムで働いているので、家事労働は平等に分担されているのが普通のようだ。
なので、「妻の無償労働」という言葉で検索しても何もヒットしなかった。
経済においては、夫と妻の収入に差がある場合、収入の多い方が高額の経費(例えば住居費など)を負担しなければならない。
またどちらかが、無収入の場合、収入のある者が収入のない者に、収入額の半分を支払う義務がある。
これらは法律で定められていて、もしそれが実行されなかった場合、過去にさかのぼった分も要求できる。

日本で社会問題になっている「教育」「奨学金」「介護」「不平等」などを、フィンランドではどのように対処しているのか。どれを調べてもフィンランドでは見事な解決策を考え出され、実践されている。
さすがにフィンランドだと、いつも感動を覚える。

Minä pidän Suomesta yhä enemmän sen takia.
(それだからいっそうフィンランドが好きだ。)

 

 

 

 

カテゴリー: フィンランドと日本, フィンランド文化研究所

「奨学金」という名の悪徳金融に騙されてはいけません 2

前回の続きです。

「ニューヨーク州の公立大学無償化を発表」のニュースが報道されました。
アメリカも日本と同じく学生が多額のローンを抱え、社会問題に発展しているからだそうです。
2012年のデータによると、アメリカは対GDP比の教育支出の割合はOECD32か国の平均値である4.7%です。それでも、若者は多額のローンを抱える結果となっています。このデータで最下位の日本は3.5%。6年連続の最下位という情けない記録を更新中です。
その上に、あろうことか「奨学金」という言葉で若者たちをローン地獄に突き落とす貧困ビジネスを国ぐるみでやっているのですから、あきれ返って開いた口が塞がりません。
ただ、権力者たちが自らの私利私欲に走り、次世代の若者の育成や、老人や女性へのやさしさ、国民の平和と幸福に全く貢献しないこの日本という国に、いくら不平不満を申し立てても何も変わりはしませんし、私たちの暮らしは良くなりません。

残念ながら私たちは日本という国に生まれました。だからこそ考えなければならないのだと思います。
ただ周りの流れに流されて生きていては、いつまでたっても人間らしい豊かな生活は送れません。それどころかもがいてももがいても這い上がれない泥沼にはまり込んでしまいます。

          なぜ高校に行くのか? なぜ大学に行くのか?

もう20年以上前のことになりますが、私は小中学生対象の学習塾を家で開いていました。
その時ある中学3年生の男子に「なぜ高校に行くのか?」という問いを投げかけてみました。すると彼の返事は「みんなが行くから」と答えたので、「そうではなくて君はなぜ行くの?」ともう一度聞くと次は「お母さんと先生がうるさいから」と答えました。
「お母さんや先生じゃなくて君は?」と私。
結局彼の答えは「わからない」でした。
彼に限らず、ほとんどの生徒がなぜ高校に行くのかなんて考えたことはないけれど、行かなきゃならないものだと思っているのでしょう。
その考え方が「高校」から「大学」へ移行し、なぜ行くのかなんて考えもせず「大学」へ行き、それでも足りないと「大学院」まで行く。今から20年後は「大学院」が当たり前の世の中になっているかもしれません
奨学金を湯水のように貸し出している「学生支援機構」の理事長、遠藤勝裕氏でさえ「近頃の親も学生も大学に行きさえすれば幸せになれると思っている」と言っているそうです。そういう考えの親や学生相手にアクドイ金貸しをしている張本人の言うべき言葉ではないと思いますが…
現在の大学の数は779校。(内、国立大学86校、公立大学89校、私立大学604校)
定員の満たない大学は生徒集めに必死で、高校に「うちの大学を受験するよう勧めてくれ」と頼んで回るというらしいです。
そうして、就職先は見つかりそうにない、かと言ってとても大学に行くような学力も向学意欲もない連中がどっと大学に流れこんで行くという構図が出来上がります。

          多額の借金までして卒業した大学。けれどまともな就職先はなし…

フィンランドに来る前、私は徳島県でユースホステルを経営していました。
ユースホステルと言うことで、たくさんの学生たちと出会いました。
そのうちの一人、仮にM君としておきます。M君は就職活動に入る前に四国のお遍路巡りをしようとやってきた大学生でした。彼は他のお遍路のおじさんたちとは世間話に花を咲かせていましたが、将来の夢とか、何を勉強したいかとか、そういう話題を持ち出すと全く話せなくなるタイプで、いわゆる何も考えずに大学に入った連中の一人だったようです。
御多分に漏れず奨学金を借りていて、卒業したらそれを返さなければならないことすら、彼は知りませんでした。
そして、その翌月に「オーストラリアの幼稚園で1週間ボランティアをする」ツアー(ツアー代金30万円)に参加の予定があると言っていました。彼の母親がそういうのに参加しておけば、就職に有利だろうとツアー会社で見つけてきたそうです。
何が悲しくて30万円も支払ってオーストラリアの幼稚園でチーチーパッパをしに行かなきゃならないんでしょう??
もう、意味不明です。
「それは立派なことをしてきたね。ぜひわが社へ来てくれたまえ」という会社があると思っているのでしょうか?
「これはいいカモになるぜ」と舌なめずりをするブラック企業はあるでしょうが…

日本の教育はこのようにものをよく考えない国民を作ってきました。
だからここまで一般庶民を無視した無茶苦茶な政治をしても誰も文句を言わない、デモひとつ起きない、安部クンが大きな顔をして君臨していられるような、国に成り下がってしまったのです。

          日本に必要な3つの大学?

2012年11月17日放送のNHKの番組の中で桜美林大学教授、諸星裕氏はこれからの日本に必要な大学は、以下の3つだと語っていました。

  1. 世界レべルの研究大学
  2. 教養人を養成する大学
  3. 「勉強のできない子」を伸ばすことのできる大学

そもそも大学とは専門的な学問研究をする場であるべき場所です。
2番の「教養人を養成する大学」までは何とか許せても、3番の「『勉強のできない子』を伸ばす」ということを高額の学費を取って大学と言う名前の教育機関がするべきことではありません。
それは義務教育の「小・中学校」がすることです。
そんなことすらしていない「小・中学校」(これは公立だけでなく私立も含めて)の怠慢以外の何物でもありません。
次に、日本とは正反対にやるべきことをきちんとやっている「フィンランドの基礎学校」について記しておきます。

          フィンランドの基礎学校

フィンランドの基礎学校は、7歳の8月に入学し基本的には9年間で卒業する。
基礎学校最終学年の9年生になると学校ごとの教科担当教師によって教科に4~10点満点で評点がつけられる。生徒たちはその成績を見ながら、進学希望の高校を第5希望まで書いて志望校に提出して合否結果を待つ。ヨーロッパの主要国で採り入れられている義
務教育修了段階での国家的な資格試験はフィンランドでは行われていない。
もし、出された評点の成績が不本意な場合や、どの高校にも入学が許可されなかった生徒は、本人の希望によりもう1年間、10年生として、無料で教育を受けることができる。授業には特別カリキュラムが組まれ、教科書も専用のものが用意される。その場合、「落ちこぼれ」といった考え方はされず、むしろ「一年多く勉強した」と見なされる。フィンランドでは、低学力の生徒への支援は徹底的に行っている。10年生の制度は彼らに修了資格と基礎学校の成績を上げるチャンスを与えている。10年生も卒業して、職業学校に入学した場合は、一年分飛び級もできる。
2002年の義務教育終了後の進路に関するデータによると、生徒の55%が普通高校に、37%が職業学校に、2%が10学年に進学し、残り6%は就職や徒弟制に入るなど何らかの社会経験を積みながら勉学を続けることを選択した。これは進学を捨てて働くという解
釈ではなく、働きながらでも成人教育機関や高校・大学で開かれる成人教育を受けたり、資格を取得したりする「生涯学習」の発想からこのように分類される。(京都産業大学文化学部 国際文化学科 今井利佳『フィンランドの教育制度』より)

          大学進学を決める前に考えるべきこと 「自分はどう生きたいのか?」

「人並み」というレールの上を何の疑いも持たずに歩いていても、人はあるときふと「このままでいいのだろうか?」という想いがわき上がる瞬間があるものです。しかし、途中でレールを降りることは、大変な勇気が要求されます。
周りの反対や、道なき道を行くことの不安で、ほとんどの人がわき上がった想いを覆い隠してまた同じレールを歩きだします。
そのレールの先に希望はないとわかっていても、みんなと同じなら安全だと思うからでしょう。
けれどそのレールは「安全」どころか「破滅」に向かっているというのに。

残念ながら私たちは、考える人間を作る教育を受けてきませんでした。
教育までもが商売と化している世の中で、流されて流されて生きてきてしまったのです。
でも、明日を担う若者に、そういう道を歩ませてはなりません。これが大人の責任です。
金儲けや、権力欲のために敷かれたレールではなくそれぞれの個人に合ったオリジナルの道を見つけなければならないのです。
他人との比較ではなく、損得勘定でもなく、「自分はどう生きたいのか?」を。
すでに様々な責任を背負っている大人にとっては、とても難しいことだけれど、これから高校や大学に進学するという若者なら、いや、若者だからこそ今、考えなければならないのです。

          どうしても大学に行きたい人は?

先ほども言いましたが、大学は勉強、研究をするために行くところです。
どうしてもこれを勉強したい、研究したいと思うものがないのなら、行くのはやめるべきです。
この若い大事な時期の時間お金の無駄です。
もしどうしても勉強したい研究したいと思う人は、海外の授業料が無料の大学に行きましょう。
フィンランドは大学院まで学費は無料です。生活費の支援金さえ出してくれます。ただ、もちろん授業は英語で受けなければなりませんし、ヘルシンキ大学の学力は京大と同じレベルのようです。
そんなの無理という人は、大学に行く必要はありません。大学に行くレベルではないということです。
また日本でも有名私学で、成績優秀な人に独自の給付型奨学金(返済不要)を支給しているそうです。
独自の奨学金制度がある大学一覧

ただこれも少数の成績優秀者が対象です。この対象外の人は、これもまた大学に行くレベルではないということですので、大学進学はあきらめましょう。また、この奨学金も全額支給しているところはわずかでほとんどが1年のうち半期分、または一部しか支給されないので、残額と生活費を支払うために「貸与型奨学金(返済必要)」を借りるのなら大学に行くのはやめるべきです。

とにかく何があっても「貸与型奨学金」に手を出してはいけません。

          大学以外の道

大学に行かないのなら、専門学校か就職か… と、そんなに急いで考えないでください。
まだまだ、長ーい未来があるのですから。

以前にも書いたかもしれませんが、東欧では職に就く前に、2年間わずかのお金で世界を旅行させるそうです。そう、バックパッカー、貧乏旅行です。そこでいろんな人と出会い、広い世界を見、命の危険にも遭うという体験の中から、人間的な成長をするのが目的だそうです。
この考えに私も大賛成です。
ただここで大事なのは、「一人」で「貧乏旅行」「自分で稼いだお金で」というのが大切なキーワードです。
当たり前の話ですが、「ツアー」や「留学セット」など全部お膳立てをしてもらうようなパック物は厳禁です。
とにかく交通費だけをアルバイトか何かで稼いで、資金が貯まったら出発です。
安い船や陸路を行けば、交通費もかなり安く上がります。

また「WWOOH(ウーフ)」というのをご存知ですか?
これはもともと有機農場主が若い人たちを育てるために始めたものらしいのですが、今は、有機農場に限らず若い人たちの力を借りたい人がホストに登録していて、ウーファーは1日6時間程度の労働力を提供すれば、ホスト側が無料で食事と宿泊場所を提供してくれるというシステムです。まず登録してウーファーになれば、ホストは世界中にあってあとは各自でホスト先と交渉して、日程などを決めます。このシステムを使えば、わずかのお金で、物価の高い国々にも滞在できるし、その国の生活に密着した体験ができます。
詳しくは、こちらをどうぞ。

また、「海外青年協力隊」という手もあります。ただこれは20歳からの募集になります。
詳しくは、こちらをどうぞ。

日本は島国のせいもあって、視野がとても狭くなっています。まさに井の中の蛙です。
とても狭い中での偏った概念だけを信じて生きているから、多額の借金をしてFランク大学に行き、ブラック企業に就職するか、自己破産、ホームレス… というようなバカげた道を平気で選んでしまうのです。
とにかく、世界を見ることです。
そして世界の視野から日本をそして自分の未来を見ることです。
フィンランドの大学は在籍している学生の年齢が17歳から30代ととても幅が広いです。
いろんな体験をした後で、真に勉強したいことが出てくることもあります。
その時に本気で大学に行くことも可能です。もちろんこの時も「貸与式奨学金」は絶対だめですよ。

とにかく人生はこれからが本番なのです。
世の中の間違った流れに流されず、しっかり自分の頭で考えて、自分の足で歩いて行ってください。

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「奨学金」という名の悪徳金融に騙されてはいけません

明けましておめでとうございます。

新年早々、こんな話題ですみません。

年も明けたので受験シーズンに入ります。高校、大学進学に当たり、くれぐれも「奨学金」に手を出さないように、ということを伝えたくて書いています。

2018年度から「給付型奨学金制度」が導入される(一部2017年より先行導入)とのニュースを読みました。
わざわざ給付型奨学金という名前がつけられていますが、そもそも「奨学金」とは給付型のものを指します。
「現在、奨学金と日本で呼ばれているもの」は、教育ローンであって、決して奨学金ではありません

          導入される給付型奨学金はすずめの涙😢

まず、この導入される予定の奨学金はわずか月2万円から3万円だということ。
大学の費用は前回の投稿にも書きましたが、
●国公立大学×自宅通学
初年度:約175.8万円
2~4年目:約93.9万円
4年間合計=約457.5万円

●国公立大学×自宅外
初年度:約345.7万円
2~4年目:約218.8万円
4年間合計=約1002.1万円
All Aboutより引用)

月額に計算すると、自宅通学で95,312円、自宅外だと208,770円かかることになります。
わずか月2~4万の奨学金を出してもらったところで、焼け石に水の状態であることは明らかです。
この給付型奨学金を受けられるのは「世帯収入が一定の基準を下回る」世帯が対象だということです。
ならば当然残りの費用は「返済をしなければならない奨学金」を借りることになるでしょう。
こんな給付型奨学金がなければ、大学進学を考えなかったかもしれない人たちに、
ほんのわずかな額を与えることによって、ローン型奨学金の利用者の増大が真の目的なのではないかと思えます。
機構の奨学金事業を「金融」と位置づけ、民間資金のリスクを独立行政法人が引き受けながら、金融と教育の「市場」を拡大していく手法が取られ続けているのです。
人材の育成より大切なのは「金」なのです。

「日本の大学経営が、奨学金という名の借金で支えられていることは、まぎれもない真実。パチンコホールにサラ金のATMが設置されて批判を浴びましたが、今の大学はこの状況と重なる部分がある。大学に進学したかったら奨学金を借りてこい、というのですから。何とも気が重いことです」
これはある私立大学の教授であり、埼玉奨学金問題ネットワークの代表の言葉です。

          実態を全く理解しないまま借りることの危険性

また、奨学金制度を利用した際の奨学金の返還条件や滞納リスクなどについての理解度では、「理解していなかった」が4割強を占めます。
「日本人への奨学金は貸与型しかない」
「返還の期限を猶予する制度がある」
「自宅等へ電話等の督促が行われる」
「3カ月以上の延滞はブラックリスト」
「延滞は年5%の延滞金が賦課される」
「教員の返済免除制度は廃止された」
などの学生支援機構の奨学金制度の内容を知らずに利用しているようです。

進学指導をしている高校の先生たちは、就職先を探すよりどこでもいいから大学に進学させる方が安易で、後々の責任を問われずに済むので、経済的な理由や当人の学力を考えて大学進学を渋る親たちにも、奨学金があるからと大学進学を奨励するようです。
教育ローン」と言われれば躊躇する親たちも、「奨学金」と言われれば、「そういう制度があるのなら…」と思ってしまうのは当然です。
これこそが、「奨学金という名の悪徳金融」と言いたくなる所以です。
偽りの命名は、れっきとした詐欺行為です。
こういう手口の詐欺ってよくありますよね。口先でうまいことだけ言って契約書にサインさせて、その後で話が違うと思って訴えようとしても、その契約書の隅には読めないような小さな文字で悪条件が書かれていて、読まなかった者が悪いと言われ、泣き寝入り。詐欺師の一般的な手です。
「働いてから返せばいいんだから」とか「お金がなくても大学に行けるんだよ」とか、甘い言葉で誘惑して、まだまだ未来が見えない若者を相手に、国がこんな詐欺行為をして許されるのでしょうか?

平均の奨学金の借入総額は平均312.9万円
社会生活のスタート時点から、こんなに大きな荷物を若者に背負わせることになるのです。
大学新卒者の4割が非正規雇用就職であるという現実の中で、返せるわけがありません。

返済予定日を過ぎると、5%の延滞金が上乗せされます。
延滞が3か月続くと、個人信用情報機関に登録。
一定期間、クレジットカードの使用が制限されます。
それでも返済できずにいると、債権を回収する専門の会社が督促に乗り出します。
会社に直接電話をかけたり自宅を訪問することもあります。
最終的には裁判所から一括返済を求める督促通知が届くことになります。

これは消費者ローンと同じ、いやもっときついかもしれません。
これを「奨学金」と呼んでいるんです、日本という私たちのこの国は!

          連帯保証人は親… 逃げないように上手に仕組んでありますね。

日本学生支援機構の規定によれば、「連帯保証人」は原則として父母。「保証人」は原則として「おじ・おば・兄弟姉妹等」
本人が返済不能になったとき、自己破産すれば、当然この債務は親に移動します。
親も返せないからと自己破産すれば、「保証人」になった「おじ・おば・兄弟姉妹等」に移動します。

まだ社会に出たばかりのか弱いひよっこが倒れれば、ドミノ倒しのように次々と親族が壊れていくのです。

親や親族に迷惑が掛からないようにと、このか弱いひよっこは必至で頑張りますが、この不景気で厳しい社会の中で返済できるだけの稼ぎがありません。仕方なく、さらに借金を重ねたり、風俗業に走ったり、さらには犯罪にまで手を染めることにもならないとは言い切れません。それほど借金の督促は恐ろしく、冷静な考えを失わせます。
私自身も二人目の夫の借金で、生き地獄の体験をしました。とにかくどこかからかお金を調達しなければならない、という考えばかりが頭の中を渦巻いて、一家心中さえ考えたこともありました。

だから安易に借金に走る前に、よーく、よーく考えなければいけないのです。
なぜ高校に行くのか?
なぜ大学に行くのか?

次の記事に続く

          甘い手口に引っかかる前に、考えてみよう。”なぜ大学に行くのか?”を!

 

 

カテゴリー: フィンランド文化研究所, 男女平等の意識, 離婚

女性が離婚に踏み切れない理由

今日の私が住んでいるフィンランドの北の森の日の出時間は午前10時35分、日没は午後2時06分。日照時間がほんのわずかずつですが長くなり始めました。。
と言っても、午前9時半ころには薄明るくなってきますし、今は午後2時45分ですがまだ真っ暗という感じではありません。
2016年も明日で終わりです。
こちらに来てからはお正月料理も作らなくなり、かといってフィンランドのクリスマス料理もしないのでいつもと変わりのない、どちらかというといつもよりゆったりとした時間が過ごせる年の瀬です。

          フィンランドは離婚が多いから幸せ?

数日前、あるサイトで「フィンランド人はとても幸せそうな人が多いけれど、なぜ離婚が多いのでしょうか」という質問に「離婚が多いから幸せそうなのかもしれませんね」とフィンランド人が答えていました。
私もその通りだと思います。
誰でも結婚するときは、この人と添い遂げようと思っているに違いありません。
そして、多少のトラブルや行き違い、思わぬ不幸や苦難があったとしても、お互いに相手を思う気持ちが変わらずに添い遂げられることが一番望ましいことだと思います。
けれど長い人生、考え方や価値観が変わることは自然のことだし、違う人を好きになってしまうことでさえ、これはどうしようもないことではないでしょうか。
理由がどうであれ、結局二人の心が離れてしまった時に、離婚できる環境があるかどうかが大きな分かれ目になってきます。
当然、日本は離婚できる環境は整っていません。以前の投稿でも書きましたが極貧生活を覚悟しなければならないのです。昼夜を問わず働いても貧困から抜け出せない人がたくさんいます。
かと言って、心が離れた夫婦が生み出すものは、ろくなものではありません。

          本当に離婚は子供のためにならないのでしょうか?

何度もこのブログで触れていますが、私は2度の離婚経験者です。離婚原因は違っていましたが、2度とも私が言い出した離婚でしたが大変なエネルギーが必要でした。
2度目の離婚の時はすでに経済が破たんしていましたが、1度目の夫は銀行員で経済面は非常に安定していました。その生活を捨てて新しい人生を踏み出すには相当の迷いがあり、決意するまでにかなりの年数を要しました。
その間、夫とケンカになると、当時まだ2歳か3歳くらいだった長男が、「ごめんなさい、ごめんなさい」と言って泣きながら私にすがり付いてきたのを思い出します。

子供の前でケンカすることは極力避けてはいたものの、子供は敏感だからうまくいっていないことはすぐに察知してしまいます。
このままじゃいけないと思いつつも離婚後の生活の怖さゆえに、結局離婚に踏み切れたのはこのことがあってから、5年後でした。

離婚についてはいろんな考え方があります。
その大半は「子供のために離婚は思いとどまるべきだ」というものです。
確かに、私の二人の息子たちは離婚(というより父親と母親の関係が破たんしたこと)による、多大な被害を被ったことだろうと思います。と言って、離婚しなかったとしてもやはりまた種類の違った被害があったに違いありません。
あんなに仲が悪いのなら離婚してほしかったと嘆く子供たち(既にに大人になっていますが)を、私はたくさん知っています。
なので「子供のために離婚は思いとどまるべきだ」は、ちょっと違う気がします。
「自分と子供の経済のために離婚は思いとどまるべきだ」というのが正確な表現だと思うのですが、きれいごとが好きな日本人はとてもそうは言えませんよね。
もちろんどんなにダメ夫でも、「この人のそばを離れたくない」と思っている人は、離婚する必要はありません。ここで言っているのは、心が離れてしまった夫婦の場合です。心が離れてしまったら、離婚をしてもしなくても、子供に与える精神的ダメージの大きさは同じだということです。離婚をしなかった場合は、その険悪な人間関係をずっと見なければならないし、離婚をすれば父親との別離という体験を余儀なくされることになります。
このように精神的なダメージだけを取り上げれば、種類が違うだけです。
けれど、経済的な問題は、離婚後の母子に大きくのしかかってきます。
日本における離婚件数は2004年をピークに減少傾向にあります。これはやはりその時期の景気が大きく影響していると、私は思っています。

          離婚しても安心して生きていけるフィンランド

日本と違ってフィンランドは、フルタイムで働いている女性の割合は世界1位です。
保育園は入りたいと言えばすぐに国が手配してくれます。待機児童ゼロ。(日本の待機児童は2016年4月1日時点で2万3553人となり、前年同時期比で386人増加)

教育費は小学校から大学院まで無料。(日本は国立大学でも4年間の費用約457.5万円、一人暮らしになると約1002.1万円)

離婚した後も、父親(母親)の責任は変わらない。たとえお互いが再婚したとしてもその相手は父親(母親)の妻(夫)であって、子供にとっての母親(父親)ではないのでお母さん、お父さんとは呼ばず名前で呼びます。
もし何らかの事情で子供が本当の父親と会えない場合、やはり子供は特定の大人の男性と遊んだりする機会が必要だということから、男親サービスというのがあります。ボランティアで若い男性が子供を遊びに連れて行ったりして、身体を使って母親とはまた違った接し方で、子供との触れ合いを持ち心を通わせていくのが狙いだそうです。
このように離婚後の経済面でのケアだけでなく、精神面のケアも行き届いているのです。

          離婚が増えるから女性を優遇しちゃいけない?

「女性をそんなに優遇するから、簡単に離婚に走るのだ」と非難する人が日本にはたくさんいます。そしてそれを言うのはなぜかほとんどが女性です。まさしく女性の敵は女性。
私も一人目の夫との離婚を決めた時、女友達に「女が稼ぎを持つとこれだから困るよね」と言われました。もう30年も前のことですが、いまだに忘れられません。

彼女の夫は家を全く顧みない夫で浮気も何度もしていました。娘たちは父親のことを軽蔑の思いを込めて「あんなヤツ」と呼んでいるそうです。それでも彼女はいまだに離婚はしていません。娘二人をしっかり自分の味方につけて、これで老後は安泰なのでしょう。
私はエゴを偽善で隠す彼女のような生き方は絶対にしようとは思いませんが、誰がどういう人生を選ぼうとそれぞれの自由です。けれど新しい人生に踏み出す勇気のなかった自分へのいら立ちを、勇気をもって新しい人生に踏み出そうとする女性に向けて、足を引っ張るようなことはしないでもらいたいと思うのです。
こういう人たちが、母子家庭の貧困率が世界でワースト1位という情けない日本の現状に対して何の策も講じない政府を容認しているだけでなく、助長しているのです。
「女性をそんなに優遇するから、簡単に離婚に走るのだ」と言う人を、
私は心から軽蔑します。

 

 

 

カテゴリー: フィンランドの日常

”心が悲しい時に食べるケーキ”という名前のケーキがフィンランドにあります

Sydämen surujen kakku (悲しい心のケーキ)
奥さんから離婚を言い渡されて、悲しみから抜け出せないお向かいの男性に、クリスマスプレゼントとしてこのケーキを焼きました。

焼いたケーキの写真を撮るのを忘れてプレゼントしてしまったので、この写真はクックパッドのフィンランドバージョンのようなサイトから拝借してきました。

Sydämen surujen kakku (悲しい心のケーキ)

全部材料を混ぜるだけと、作り方はいたって簡単ですが、
とてもおいしいケーキです。(レシピは以下に書いておきます。是非一度作ってみてください。)

お向かいさんにはこのケーキにクリスマスカードを添えました。


Tämä kakun nimi on “Sydämen surujen kakku”.
Minä löysin tämän ohjeen eräästä suomalaisesta kotisivusta.

KUN yksi onnen ovi sulkeutuu, toinen ovi avautuu:
Mutta usein tarkastamme niin kauan suljetun oven, että emme huomaa uutta ovea, joka on avattu meille.
Minä toivon, että tämä makea kakku piristää sinun mieltä.

(訳:このケーキの名前は「悲しい心のケーキ」です。フィンランド人のサイトからレシピを見つけました。
一つの幸せなドアが閉じた時、もう一つのドアが開く。けれど人は閉じたドアばかりを見つめて自分のために開かれた別のドアを見ようとしない(ヘレンケラーの言葉)
このケーキがあなたの心を元気づけてくれることを私は望みます。)


夫がケーキをお向かいさんに持って行ったのですが、お向かいさんはこのカードをしばらく見つめて涙ぐんでいたそうです。
やはりこのケーキには、悲しい心を癒す魔法の力があるのかもしれません。
是非お試しあれ!

このケーキのレシピ

5 dl jauhoja(小麦粉)
4 dl sokeria(砂糖)
3/4 dl kaakaojauhoa (cocoa)(ココア)
1 tl(小さじ) soodaa (炭酸)
1 tl suolaa (塩)
1 tl vaniljasokeria (バニラの香りのお砂糖、バニラエッセンスで代用可)
 ★ここまでの粉類を混ぜておく
250 g MAITORAHKAA (水きりヨーグルトで代用可)
0,5 dl maitoa (牛乳)
150 g sulaa voita/margariinia (溶かしたバターまたはマーガリン)
2 kpl (個) kananmunia (卵)
 ★ミックスした粉の中に卵を割り入れ、その他の材料をただ混ぜればいいだけです。
★200 astetta 50-60 minuuttia
200度で50~60分となっていますが、私の場合はこれでは焦げてしまったので、150度で50分焼きました。

 

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老いた頭に重圧が…

普通外国で6年も暮らせば、その国の言葉は勝手に話せるようになるものだと思っていたのに、いつまでたっても、フィンランド語がうまくならない。
このことについては別のブログ『フィンランド語習得…60歳からの挑戦』でも書いたが、文法はすでにかなり勉強したので、「まずは1000語暗記する」という目標を立てて、1日10語暗記を目指そうと決めた。
しかし、自分の年齢を忘れてた。ボケないようにということを木をつけなければならない年齢で、1日10語の単語暗記は確かにきつすぎた。

それでもとにかく、940語まで思いっきりっ、無理やりっ、押し込んだ。
語彙数が増えるにつれあやふやな暗記になってきていて、実践で何も活用できないという事態に陥っていた。
「ゆっくりでいい」「焦らずに」を自分に言い聞かせるようにし、とにかく今まで覚えた単語をもっと安定して定着させるために、新しい単語を追加するのをしばらくやめることにした。
その代わり、以前から集めていたよく使いそうな例文600を、即座に使えるように覚えなおすことにした。2年ほど前に一度は完全に覚えた例文ではあったけれど、復習を怠っていたので、すでに80%以上が記憶から消え去ってしまっている。
また一からの覚えなおしだ。
でもこれも「ゆっくりと」「焦らずに」。
昨日はEläkeliitto(年金生活者の会)の集会だった。
「ゆっくりと」「焦らずに」この2語が効いたのか、いつもより良く相手の話が聞き取れて、覚えたばかりの例文「Söin itseni täyteen.(食べ過ぎた)」も簡単に出てきた。

うまく流暢に会話が弾むようになるレベルまで、果たして行き着くのかどうかもわからないけれど、様々な方法を模索するしかないのだろう。
老いた頭に本当に無理をさせて悪いと思うけれど、もうちょっとの間、頑張って!!

私が編集したものなので、誤字脱字はあると思いますが、以下の暗記データをお見せしますので、ご希望の方はメールでお知らせください。

「単語帳 (語彙数 694)」
「動詞 (語彙数 285)」
「例文 (560個の例文)」

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Eläkeliitto(年金生活者の会)

Eläkeliitto は年金生活者の会で、私と夫は4年前から参加している。
最初はPelimannit という別の音楽グループに所属して、私がフルート、夫がギターを演奏している時に、Eläkeliittoの夏の催し物で演奏してもらえないかというお声がかかった。
私と夫はとにかくフィンランドについていろんなことが知りたかったので、フルートとギターの腕前は全く自信がなかったけれど、快く承諾した。
その後、私たちも年金生活者(日本からの年金ではあるけれど)なのだからと、このグループに参加させてもらうことになった。会員数は定かではないけれど大体50人くらいだと思う。

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左がSeijaさん、右がEläkeliittoの会長さんのAnneさん。

2週間に一度、集会(Kahvitilaisuus)がある。そこではコーヒーとパンやケーキ(セットで2ユーロ)が提供されて、健康についての講演があったり、ロシアやアフリカに旅行してきた会員が、写真や土産話を話してくれたり、一緒に体操したり、歌を歌ったり、ゲームをしたりする。
私たちも、今までに3回「日本について」や「東洋医学について」などプレゼンテーションをしている。
この集会の他に、これも2週間に一度「手仕事クラブ(Käsityökerho)」の集まりがあり、ここでは手仕事の好きな女性たちが集まって、織物をしたり、編み物をしたりする。この時はなぜか無料でお菓子とコーヒーが提供される。この部屋には手仕事に必要なものがなんでもそろっている。中でも立派な織り機が5台設置されていて、誰が使ってもよい。私は昔から織物にあこがれていて、日本にいる頃から何度かこのような織り機を買いたいと思ったこともあったが、あこがれだけでまだ一度も織物はしたことがなかった。img_0709
MeeriさんやSeijaさんに、手取り足取り、丁寧に教えてもらったおかげですでに5点くらいの作品が出来上がった。

そして今日は、このEläkeliittoの集会のクリスマス会だった。お世話役の人たちは、おそろいの赤いとんがり帽子とエプロンをつけて、ベリーのプーロ(ミルクでお米をたいたおかゆのようなもの)やクリスマスパイの用意に大忙しだ。
教会の牧師さんがやってきて、クリスマスソングを一緒に歌う。この牧師さんは、私のかつてのフルートの先生の夫さん。
彼は歌うことがとっても好きで、必ず1曲はソロで自分の声にうっとりしながら披露するのが恒例のプログラムだ。
そして最後はいつものくじ引き。今日はクリスマスということで景品はいつもよりたくさん用意されていたにもかかわらず、私と夫はくじに当たらなかった。
するとSeijaさんが冷凍ベリーがいっぱい入った袋と、クリスマスパイを持って来てくれた。さりげなくいつもこういう目配りをしていてくれる。

いつもと同じように、あたたかい仲間が迎えてくれる安心できるスペースがそこにある。帰るときには、口々に「Hyvää Joulua!(良いクリスマスを!)」と言って、ハグし合う。
日本で味わったことのない心地よさを、この北の果ての異国で味わう運命の不思議を改めて感じる。